中野サンプラザ建て替えで、サブカルの聖地「中野」が変わる? – ZUU online



中野ブロードウェイは残るのか

中野といったら何をイメージするだろうか?多くの人はアイドルのコンサートがよく行われている中野サンプラザやサブカルの聖地と言われている中野ブロードウェイではないだろうか?実は、公園の周りに大学、オフィス、高級レジデンスが囲むお洒落な街として定着つつあるのだ。中野サンプラザの立て替えでその町並みはさらに変貌するだろう。

芸能人も憧れた街中野

中野,建て替え
(写真=PIXTA)

中野は、芸人やミュージシャンや作家など文化人が多く住む街として知られている。そもそも、1966年に中野ブロードウェイが中野駅北口商店街と早稲田通りがぶつかる地点に出来た当時は、住設エリアと商業エリアが併設された最新エリアとして話題のお洒落なエリアとなった。住設エリアには、後に東京都知事になる青島幸男や歌手のジュリーこと沢田研二も住んでいた高級マンションだった。今でも都心に近い便利な賃貸マンションとして人気がある。商業エリアは上場企業の「まんだらけ」が80年に発祥の地として漫画専門店を開店して以降、サブカルの店がどんどん集まり、オタクが集まる街として発展することになった。

中野サンプラザは、北口駅前の区役所の隣に73年にオープン。正式名称は「全国勤労青少年会館」で、勤労者の福祉施設として建設された。当時としては高層ビルだった地上21階建て地下2階のビルに、ホテル、コンサートホール、結婚式場などが入った最新の多目的施設だった。コンサートホールは1階から4階を占め、2000人程度収容できて音響もいいため、アイドルの聖地と言われている。モーニング娘。のハロプロがカウントダウンコンサートなどを開いていた歴史あるホールだ。このように中野は日本の文化をリードする先端的な人気の街の歴史があった。

中野の流れを変えた中野四季の森プロジェクト

中野北口の北西には警察大学校があったが01年に府中に移転した。その13.7haの広大な跡地が12年から再開発されることになった。駅からの立体連絡通路を完成し、中野四季の森公園を中央に配し、学園都市ゾーンには早稲田大学、明治大学、帝京平成大学の新キャンパスを誘致した。早稲田は国際コミュニティプラザや国際学生寮を開設し、明治は国際日本学部などを開設するなど、留学生など外人も多く集まる国際色豊かな街となった。オフィス棟である中野セントラルパークは、公園とデッキチェアと噴水が併設されたくつろげるスペースとなった。公園に面したテラスをもったお洒落なレストランもオープン、アンダーアーマー直営のランニングステーションもあり、ランナーにも人気のエリアに生まれ変わった。住宅エリアは、高級デザイナーズ賃貸マンションとして人気がある。

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サンプラザと区役所も再開発スタート
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中野サンプラザ建て替えで、サブカルの聖地「中野」が変わる?

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