新幹線 駅誘致で明暗…開業20年 – 読売新聞



 1997年の長野新幹線(現在の北陸新幹線)の開業から、10月1日で20年となる。開業に合わせ、県内では軽井沢、佐久平、上田、長野の4駅が新幹線駅となり、東京との所要時間は大幅に短縮された。2015年3月には金沢延伸で北陸地方への移動も便利になった。一方、沿線では、新幹線効果で発展を遂げた佐久市と、駅を誘致できず人が離れていった小諸市とで、格差が拡大している。(大谷壮生)

 「小諸はすっかり寂れてしまった。お客さんが戻ってくるとは思えない」。新幹線の開業直後、小諸駅前から佐久平駅近くに拠点を移し、飲食店などを経営する中村茂さん(66)は、故郷の現状を嘆いた。

 新幹線開業前、小諸駅前にあった中村さんの土産店は、JR信越線に乗って東京から観光名所・懐古園などを訪れる観光客らでにぎわった。だが、新幹線開業に伴い信越線の横川(群馬県)―軽井沢駅間が廃止され、首都圏からの直通列車がなくなると、売り上げは「すぐ10分の1になった」。小諸駅前では百貨店やスーパーの撤退が相次いだ。

 この20年間、市は手をこまねいているだけでなかった。2014、15年度には、空き店舗の改装に県の補助金を活用。今年も、首都圏の学生を招いて初めて開く映画祭を支援している。

 それでも、にぎわいは戻らない。駅前のビルには「テナント募集」の看板が目立つ。市商工観光課の担当者は「今も停滞のさなか。商店は次々と閉店し、小諸でやっていこうという次世代が出てこない」と語る。

 長野新幹線には開業前、小諸駅を通る信越線のレール幅を広げる「ミニ新幹線」案が浮上したこともあった。しかし、1998年長野五輪に向けた輸送力の増大が求められて「ミニ新幹線」案は退けられ、「フル規格」による新駅設置が決まった。それが佐久平駅だ。

 小諸市とは対照的に、佐久平駅のできた佐久市は、新幹線効果を生かした街づくりで成果を上げた。市は新幹線開業前の94年度から2002年度にかけて、佐久平駅周辺の約60ヘクタールで土地区画整理事業を実施。その結果、マンションが次々と建ち、大型商業施設も進出した。佐久平駅が位置する旧佐久市の人口は新幹線開業時点では6万5350人だったが、今年4月には7万562人へと増えた。市は、さらに南の樋橋地区約20ヘクタールの開発も計画する。

 ただ、「新幹線頼み」の街づくりの限界を指摘する声もある。信州大経済学部の武者忠彦准教授(都市政策)は「観光資源に乏しい上、商業施設に偏った開発で、果たして30年後も佐久市に住み続けたいと思える持続可能性があるだろうか」と言う。「新幹線は移動手段に過ぎず、過度な期待や立地への依存は禁物だ。街そのものの魅力を高める必要性がある」と、武者准教授は強調している。



Related Post